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2016年5月25日水曜日

【施工事例】ノーベル賞記念受賞碑 鹿児島市山下町

鹿児島市山下町 宝山ホール前に、2014年にノーベル物理学賞を受賞された
赤﨑 勇 工学博士の受賞記念碑を建立いたしました。


除幕式の様子 南日本新聞webより
記事はコチラ https://373news.com/modules/pickup/index.php?storyid=75758


記念碑・台座には、「若き薩摩の群像」や「大久保利通像」の台座にも使われている、
淡いピンクの色目が上品な【桜御影】こと岡山県産 万成石を使用し、直径90cmの記念碑に赤﨑さん自筆のメッセージを彫刻しました。

台座には受賞までの赤﨑さんの経緯を記した陶板をはめ込んであります。
花壇の花で見えていませんが、記念碑・台座の下にも石の台があります。



下の台座は、国会議事堂にも使用されている山口県産 徳山石を使用し、
側面を割肌で仕上げてあります。

使用する石材から、加工まで ”純国産” 記念碑となっています!

場所柄、鹿児島市民のみならず多くの観光客の方にも見ていただけるものと思います。

なお、この記念碑の台座の裏(宝山ホール側)には「製作 前迫石材株式会社」と彫刻してありますので、弊社にて記念碑や墓石等のご用命の際、「記念碑の裏見たよ!」と言っていただけましたら


満面の笑みで「ありがとうございます!」とこれ以上ない溌剌とした
御礼をさせていただきます。

1936年創業 一級技能士の店
前迫石材 株式会社

〒891-0131 鹿児島市谷山港2丁目5-21(交通安全教育センター近く)
TEL 099-261-9000 FAX 099-261-9001


2016年2月25日木曜日

五代友厚像(鹿児島市泉町)

最近話題の五代さま




五代さま と言ってはみたものの。
朝ドラを見ていない私には、なぜ今、五代友厚がブームになっていたのかわからず。

ディーンフジオカと聞いてもピンと来ず。
流行りものに疎くなり、こうして徐々に時代から取り残されていくのだなと実感する30代。
幼少期はヒロシ・フジオカ(藤岡 弘、)を見て育った仮面ライダー世代でございます。


そんなことはさておき。
その五代さま像、先日補修作業をさせていただきました。




台座は石張りで施工されているため、経年により汚れた目地や、台座の後ろに刻まれているものの、見えづらくなってしまった文字への色入れを行いました。



五代友厚が活躍した大阪での反響は非常に大きいようですが、残念なことに、
功績に対する鹿児島での扱いはあまり良いとは言えない五代友厚。

誕生地にも石碑が建ってはいるのですが、、、参考:五代友厚誕生地




ややもすると気づかず通り過ぎてしまうレベルです。
※右手側の白の看板が案内板

そんな中で見たこんな記事

「五代ロス」で故郷の鹿児島にファン続々! 「銅像もハンサム」面影求めゆかりの地に
※弊社作業前に撮影されたもののようです


「続々!」というほどフィーバー感あふれるようなことはないのですが、
どんな理由であれ、鹿児島に人が来てくれるのは嬉しいことです。

熱心なマダムが誕生地を訪れて、がっかりすることを思うと何だか申し訳ない気持ちです。


1936年創業 一級技能士の店
前迫石材 株式会社

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2016年2月24日水曜日

馬来丸戦没者慰霊碑

南さつま市坊津町久志

馬来丸(まれーまる)戦没者慰霊碑の戦没者名簿色入れ工事を行いました。

馬来丸は、大東亜戦争下の昭和20年に久志湾沖合でアメリカ潜水艦の
魚雷を2発被弾し3分で沈没、1,612名が命を落とされたと記録されています。

戦没者を悼み、久志湾を望む丘陵に慰霊碑が建立されています。



慰霊碑は昭和54年に弊社で施工させていただきました。
慰霊碑の両側の戦没者名簿には表裏合わせて1,612名の名前が刻まれています。


15年ほど前にも、同様に名簿の色入れ工事をさせていただいているのですが、海にも近く風もよく通る場所のため、風化が早く、塗料が落ちてしまっています。




塗料が落ちる原因となる、細かな文字に詰まった泥や汚れを徹底的に高圧洗浄で落としてから色を入れます。



完成




















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2015年11月4日水曜日

記念碑建立(長澤 鼎)

鹿児島市下荒田の甲突川河畔に【長澤 鼎本籍・生誕の地】記念碑を建立いたしました。


碑正面























恥ずかしながら…

長澤鼎について、名前と”ワインを何かした人”くらいしか知らなかった私。


調べました。


長澤鼎、またの名をGrape KING(葡萄王)

KINGです。

キングの称号を持つ男はカズしかいないと思っていたのですが、
100年以上前に異国でその称号を得ていたのですね。


碑背面























建立の発端にもなっているように、今年は若き薩摩の群像の面々が
英国に派遣されて150年という節目の年。

薩英戦争を機に、彼らを派遣することになったようですが、そもそも
大国相手に一国で大砲ぶっ放す気概!鎖国のさなか国禁を犯してまで、
外国に若人を派遣する気概!

時代が異なるとはいえ、当時の薩摩の人たちの聡明さやバイタリティ、
後の日本に与えた影響を思うと「凄い!」という小学生並みの感想しか
でてきません。


鹿児島市も3年後の2018年、明治維新150年に向けてアピールしています。
http://www.meijiishin150countdown.com/


郷土の歴史についても恥ずかしくないくらいの知識は
持ち合わせなきゃなと痛感した次第でございます。


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2015年8月7日金曜日

慰霊碑建立

前迫石材でございます。


本日は、施工した慰霊碑の除幕式でした。

B25墜落搭乗員 慰霊碑 
南九州市 知覧町 西元



墜落した米軍機(B25)の搭乗員および、知覧基地から特攻の命を受け飛び立っていった隊員への慰霊、および恒久平和を祈念して建立、墜落から丁度70年にあたる本日、除幕式となりました。














本日の南日本新聞(15面)にも掲載されていますが、建立者の石橋直也さんは5年前に特攻平和会館を訪れた際に感銘を受けて以降、毎年知覧に来られており、特攻隊員のみならず、知覧で犠牲になった米軍戦没者を弔うことで世界平和の大切さを発信することと併せ、次世代への継承を目的とした、碑の建立を目指したとのことでした。

石橋直也さんは24歳の青年。話してみると、丁寧で快活なナイスガイ。
若き青年の熱い思いが込められた仕事に携わることで、自分自身を恥じつつも大きな刺激を受けました。



碑文
特攻平和会館より約2キロ






































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